昔から伝えられてきた「死」について

今さらですが、人間の「死」について考えてみようと思います。こんなこと当たり前なんですが、生けとし生きるものはいつか必ず死を迎えます。それで人間が亡くなることについて、受け入れ難い事実を受け入れるべく、古来より宗教的観念が生まれました。神道なら神式の儀礼作法に基づき、仏式なら佛道を成就すべく儀礼慣習に習って、キリスト教やイスラム教も然り、やはり古くから伝わってきた弔いかたに基づいて死を受け入れる儀式を執り行ってきました。これが「お葬式」の成り立ちです。人間は動物や植物と違い、哲学的思想を持っています。人としての道理を理解し、善悪を判断し、正しい倫理観に沿って人生を切り開いていきます。そして必ず迎える「死」まで、個人差こそありますが、精一杯の功徳を積み上げて行こうとします。昔から言われてきた概念で死んだら現世で行ってきた行いにより、次なる行き先が決まるみたいです。更に良い処に行こうと思えば善行を重ねなければなりませんし、地獄に落ちたくないと思う心から悪いことはしてはならないと思うものです。私自身、若い頃はそんな迷信めいたことをと思っていましたが、年を重ねれば重ねるほどやはり道理だなと同意することが増えてきました。もっと突き詰めると釈迦にしてもキリスト、ムハンマドにしてもここまで年月を経て尚、信仰の対象とされている事実を受け入れ、自分ごときが宗教を否定できるわけがないと思うようになりました。ずっと「死」について、まずは分からない成りにも理解してこようと努めてきました。人間は死んでしまえば、皆同じです。二度と会えなくなるということです。だから悲しいですし、寂しいですし、受け入れ難いことです。ただ「死」は誰にでも訪れるお別れです。安心してお別れできるためにも「事前相談」をお勧め致します。皆さまの “いつか訪れる「死」” について備えるべく弊社は業務を遂行しています。分からないことは何でもお申し付けください。

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