この『お葬式』に携わるようになる経緯について

ごあいさつ
増倖 葬儀サポート社の理念
昨今の日本における年々薄れていく宗教概念。私自身も仏教寺院の長男として、この世に生を受けても、全くお寺とは関係ない仕事に従事してきました。しかし、祖父、祖母が亡くなるタイミングで人間の生老病死について自分なりに理解しようとし、大切な家族を失う寂しさを、まだ幼い子供ながらも感じていました。

また亡くなる前の父から 『一晃、ワシは今まで坊主しかしたことが無いから、オマエがパソコンやインターネット関係の仕事をしていることは良く分からんが、オマエの弟二人はお坊さんになりたいと言ってくれて、立派な僧侶になったぞ。。。オマエも何かのご縁でお寺に生まれた訳だから、葬儀などに関係する仕事をして、弟二人を助けてやれ!』『今は厚生労働省が認定する葬祭ディレクターという制度もあるみたいだから、真剣に勉強してみろ!』という今振り返り、思い返してみると、本当に最後の親孝行だったかもしれないのですが、素直に意見を受け入れ、一念発起して葬儀会社に務め、色んな宗教儀礼の儀式施工に携わり、かなり経験を積んできました。お陰さまで葬祭ディレクターになるコトが出来ました。

もちろん父親も喜んでくれました。私自身、父に喜んで貰いたかった動機はありましたが、葬祭ディレクターになるまでには、様々な考えさせられる事案があり、あまりにも薄れている宗教概念、無知が形成する勝手な解釈、尊厳がある人間とは思えない儀式作法、本当に景気が直結している葬式の在り方。自分自身、色んな葬儀を担当してきて、自分なりの葬式、セレモニーに対する理想系のカタチが出来てきました。

基本的に人間は、突然変異でいきなり生を受けた訳ではありません。当たり前ですが、父親、母親がいて自分が生まれてきた訳です。もちろん父親にも、父親、母親がいて、母親にも父親、母親がいて、祖父、祖母にも同じように、父親、母親がいる訳です。正に脈々と先祖代々、生が受け継がれてきているわけです。人間はいつか必ず死を迎える訳ですが、誰しも先に亡くなっている家族の元に行きたいと思いますし、送る側の家族も先祖と一緒のところへと思うものです。私が思う宗教儀礼とは正にこのときの為にあるもので、どの宗教、宗派も等しく先祖のもとに行く為の作法なのです。

お金だけのコトを考えて『自分は次男で本家でないから、安いお寺さんで良い』『お付き合いのあるお坊さんはいないから、紹介してください。』『ずっと無信仰だから、ウチの葬儀は宗教者を呼ばないで良い』など勝手な解釈で判断されないで、時間に余裕のある不幸が起こる事前に一度ご相談ください。分かりやすく、親切丁寧な説明で、絶対に後悔の残らない助言をさせて頂きます。

私ども増倖では、貴方の大切な方を、いつまでも想い立った時に、心安らかに偲ぶことができるよう、誠心誠意アドバイスさせて頂きます。
人が人を偲ぶ気持ちにより、色々な思い出により、更なる倖せが増しますように。。。

檀上 一晃
増倖(ふえこう)名前の由来
普回向(ふえこう)の教えから
「願うことは、この読経や行の功徳を、如来・菩薩・諸天・善神・鬼神・亡者・諸精霊・衆生の全てに手向け、私達全ての生命と、皆が共に仏の道を成就しますように。」
増倖にも同じ願いが込められています。

『日常の五心』について

一、「はい」という素直な心

何事も素直が一番です。私たち人間は年を重ねると共に次第に心が汚れ、疑い深くなってしまいます。この世で生き抜くためには様々な試練、苦しみや哀しみを乗り越えて行かなければなりません。そうした経験則に基づいて“疑い”の心が大きくなってしまいがちですが、そこでも冷静に気持ちを落ち着かせて、「はい」と素直に受け止められる人間になりたいものです。それは何より周囲に対する気持ちよさに通じていきます。いつまでも自身に『今日は本当に素直だったか?』問いかけてみましょう。

一、「すみません」という反省の心

あなたは大事な人に心から「スミマセン」と伝えられていますか?家族に対しても勿論ですが、上司に対しても部下に対しても気持ち良く「スミマセン」と伝えることで、些細なことですが関係性が円滑になります。まさに今の人間社会は反省の連続で創られてきています。反省の心が成長を促すのです。逆に反省の心が無くなってしまえば、人として残念ですが“それまで”ではないでしょうか?これも分かっているのになかなか実行できないものです。今後とも常に心掛けるようにしていきましょう。

一、「おかげさま」という謙虚な心

こんなこと今さらですが、誰しも自分だけで生きているんじゃありません。必ず周囲の人たちに助けられ、家族に支えられ、古くは先祖の営みがあったからこそ、貴方は今まさに生きている筈です。そんな簡単な道理に気付き、謙虚な気持ちで「おかげさま」と思うように生きていきましょう。必ずそんな気持ちは大きな影響力をもち、どんどん周りに伝わり、あの人はなんて「謙虚」な人なんだろうと評価されるようになります。昔から日本では「謙虚」な振る舞いこそ美徳としてきました。

一、「私がします」という奉仕の心

最近、いろんな災害からの復興や支援活動をボランティアで各方面から様々な人々が集まってくる現象がニュースなどで取り上げられています。こういう精神は古来より日本では広く支持されてきた歴史があります。因果という考え方があり、自分が困っている人を助ける行為は廻り回って、いつか自分にも返ってくる事象を差します。ただ良いことも悪いことも因果応報ですので、本当に功徳を積み上げるには、やはり善行を実践していくべきです。「奉仕」の心に勝るものは無いのです。

一、「ありがとう」という感謝の心

この何も難しいことではない、ごく当たり前のワードが年を取れば取るほど出にくく、言えばいいのに“うやむや”にしたり、つい受け流してしまいがちです。これもかなり重要な「感謝」の意を伝える行為に違いないのですが、よほどの覚悟を持ってでないと伝えられない言葉になっています。こんなことで良いのでしょうか? いつもお世話になっている人に、気持ち良く感謝の心を持って「ありがとう」言ってみませんか? こんなことで幸せな気持ちになれる人間でいたくないでしょうか? 私ども増倖は基本的な心を忘れずに伝えていこうと思います。

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